現役の自動車メーカー設計者が解説します。
”やりがい”は設計した部品が”世にでる誇り”
自分が設計した部品は我が子のように感じられます。
形になり、製品になり、世界中で使われることが最大のやりがいです。
すくすくと育って巣立っていく子を見ているような感覚になります。
”世にでる誇り”を感じる理由について詳しく解説します。
理由(1)形になって世にでるのは設計者しか味わえない
もちろん製品は会社全体で作り上げていきますが、
それぞれの部品の生みの親は設計担当者です。
一方で他の部署では部品を生むことはできません。
そのため部品が世に出た時に設計者は誰よりも喜びと安堵を感じることができます。
もし自分が設計していなければ別の姿だったかもしれないと思うと感慨深いです。
理由(2)製品になれば世界中にでる
理由の二つ目は自分の設計した部品が世界中に出回ることです。
自動車は一度設計すれば世界各地へ広がっていきます。
自分が日本で設計した部品が世界中に広がり、
あらゆる人の役に立っていることを実感することは非常に誇りに感じます。
理由(3)部品の実績が設計者の実績にもなる
設計で働いていると様々な部品を設計します。
働いていくうちに自分が世に出した部品も増えていきます。
自分の設計した部品がその後何年も生産され続けどんどん実績を積んでいきます。
巣立った後も部品たちが継続的に実績を積んでいってくれるおかげで
自分自身の実績にもなり自信になります。
”やりがい”の裏にある責任感
部品の生みの親であるからこそ重大な責任が伴います。
責任があるからこそ大変だと感じる場面も多く、何かと設計責任にされてしまう場面があります。
責任を持たされると会議などでの説明責任を負わなくてはなりません。
何かと設計が責任を背負わされやすい理由を解説します。
理由(1)図面を書いた設計者の責任になる風潮がある
試験中に何か不具合が起きたりするとすぐに設計に責任を持たせる風潮があります。
製造不良や組付不良の可能性があってもとりあえず設計に任されやすいです。
設計は製造性や組み付け性など総合的に見ているので
知見があるという意味では仕方ないかもしれません。
理由(2)図面が仕事のスタート地点と誤認される
部品の生みの親は設計者だと述べましたが、
実はさらに上流に仕様をラフ検討した企画部などがいます。
「そもそもなんでその部品必要?」などと問われることもありますが、
「自分が決めたわけじゃないんだよなあ」とも思ったります。
ですが、きちんと背景を理解して設計に取り組むことは重要です。
理由(3)そもそも責任を押し付け合う風習
そもそもなんで責任を決めたがるの?
同じ会社なんだから同じ方向向いて頑張らないの?
自動車は一歩間違えれば命を落としかねない製品です。
また、一般人が操る最大の機械です。
そういった意味で安全を損なったり、不具合が出ることに非常にセンシティブです。
そういった風潮が責任を押し付ける風習につながってしまっているのかもしれません。
理由(4)日程がタイトのためリカバリーが大変
開発中の商品の場合、特に日程遵守で進めなければなりません。
その中で不具合やイレギュラーが起きると、
試験などのやり直し業務が発生し日程へのインパクトが大きいです。
日程を再構築するにしても何が起きたかなぜ起きたかを明確にしなければな要りません。
そのため責任を明確にしたがる風習があり、
図面を書いた設計に飛んでくることがほとんどです。
まとめ
自動車メーカー設計職にとってのやりがい
→ 設計した部品が”世にでる誇り”
一方で、「やりがい」の裏にある責任感
→ 部品の生みの親であるからこそ重くのしかかる責任感
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